オオスミの歴史(2)本拠地を神奈川に定める
公開日:
:
オオスミの歴史
本拠地を神奈川に定める
Q:事業の本拠地はどうしたのですか?
A:もともと、横浜が好きだったから、「横浜に住みたいな」と。また、もともと、独立したいと考えていたので、商売と住居の一致を考えて、横浜の地を選んだ。そうは思っても横浜の中心都市部に土地を買うほどのお金はないので、旧戸塚区の瀬谷を選びました。
全くの端の端だが、それでも横浜は横浜です。川ひとつ向こうへ行けば大和市であり、町田市・・・。まあ、自分の経済力からいって、なんとかできる範囲内で見つけたということです。横浜の端っこではあるけれど、商売をするには、神奈川件のセンターの位置にあるところだ。「どっちに行っても仕事にはいいな」と。
このことも、一つの大きな転機につながった。実際に、住まいをそこに決めること自体が、独立して商売をはじめることに結びついていったのだから。
独立の資金
Q:普通は、資金がある程度あって、会社を始めるわけですが、潤沢な中での出発ではなかったのですね。
A:少ないなりにも、なんとか資金を貯めてはいたけれど、事業をやるためのお金などサラリーマンで当時三万円ちょっとの給料では、いくら貯めても大したことはなかったですよ。その当時の中小企業、零細企業というのは、皆同じではなかったでしょうか。いわゆる”ゼロからの出発”です。日銭を稼ぐようなやり方から、会社を興している。私の場合も全くそうで、若いからできたのだと思います。
※ Q:著者 A:大角勝彦
本文一部引用については次の著作を利用致します。
『オオスミの歩み 環境の歴史とともに』(35周年を記念して 株式会社オオスミ社史):著者:小田部真季さん 制作:塩田 旭朗さん
文章の再構成の観点で、文言は一部現在の時代に変更している部分があります。(大角 武志校正)
関連記事
-
インタビューして頂きました
”オンリーストーリー”という経営者にスポットを当てたインタビューシリーズに登場させて頂きました。
-
オオスミの歴史(1)『積年の夢、実る』
北海道、馬鈴薯原々種農場時代の大角勝彦[/caption] 創業50年を記念し、ここしばらく
-
令和2年(2020年)入社式
本日、新卒新入社員の入社式を行いました。今年は、九州、四国、静岡から迎えることになりました。昨今の
-
オオスミの歴史(3)ポリシーとしての手づくりの精神
およそ、創業のころの実話は、その後の会社づくりの精神的な骨格になることが多い。オオスミの場合もそうで
-
第52期 経営計画発表会
第52期のスタートです。昨日、2019年11月16日は全社員で行う経営計画発表会の日でした
- PREV
- オオスミの歴史(1)『積年の夢、実る』
- NEXT
- 大岡川クリーンアップ(夏)